切手で知るドイツ 2013年3月号

フーベルトゥスブルク城の平和250
250 Jahre Frieden von Hubertusburg

プライプツィヒの東40kmにあるフーベルトゥス城はアウグスト強権王(1670-1733 マイセン白磁の開発で知られる)の狩猟館であり、ここで1763年にプロイセン、オーストリア、ザクセン国の代表者が集まり、年戦争(1756-63)の終結条約が調印された。この戦争はイギリスと同盟を結んだ新興プロイセンが大国オーストリア・フランス・ロシア・スウェーデン列強軍と対峙したが、この戦いはイギリスとフランスが新大陸アメリカでの勢力争いを繰り広げていたことに加え、両国はアフリカやインドにおいても覇権争いしていたから、ヨーロッパ大陸中央部にも波及したのであった。
戦況はドーヴァー海峡を結んだ新同盟に対抗してフランスとオーストリアを結束させ、プロイセンはフリードリヒ大王が参戦、両陣営は長年にわたる戦 いで同様に疲弊し、ヨーロッパおよび海外の戦いも沈静へと進んでいった。フーベルトゥスブルク城の和戦条約は戦前の領域を認めるだけにとどまったが、それ でも死を覚悟したほどのフリードリヒ大王が持ちこたえ、プロイセンがヨーロッパ列強国にのし上がることができたことは大きな歴史の転換であった。
90セント)


エリゼー条約50年
50 Jahre Élysée-Vertrag

1963年1月22日にフランスのシャルル ド ゴール大統領と西ドイツのコンラート アデナウアー首相はパリでエリゼー条約を結び、両国の和解と友好の基を築いた。これまで50年間にわたり、両国の関係は深まり、お互いが文化上でも生活上でも学び合った。この発展は条約締結時にはまったくの夢物語にすぎなかった。政治面ばかりでなく、2200以上の姉妹都市による市民交流が行われ、無数の団体提携が両国の意思疎通に大きな役割を果たしている。

75セント)